高野山 町石道の解説と風景の丹生官省符(にうかんしょうぶ)神社のリンクについて
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丹生官省符(にうかんしょうぶ)神社
慈尊院の裏手にあり、慈尊院の奥にある石段を登ったところにあります。町石道としての正式な順路としては、慈尊院と丹生官省符(にうかんしょうぶ)神社を結ぶ石段のところから町石が始まりますのでこちらが正式ですが、道路には順路の案内として慈尊院の向かって右側にもあります。
丹生官省符神社は西暦816年(弘仁7年)に弘法大師(空海)により創建されました。
一般には慈尊院を建てるときに鎮守として説明されていますが、官省符荘というのは、荘園で田租を太政官と民部省から免除された田のことを言いますので、耕地のない高野山ではなく、九度山の辺りに田を所有していて、その鎮守という存在でもあったのです。
特に当時の大きなお寺というのはほとんどが官寺であったのですが、高野山は弘法大師が一般民衆からの寄進により建てられましたので、こういう官省部荘がないと建設や維持が出来難いという重要な意味があったのですね^^
春日造りの社殿は国の重要文化財で、西暦1541年(天文10年)につくられたものが現存していると言われています。
九度山に流刑となった真田昌幸・幸村(信繁)親子のうち、講談や小説で有名な真田太平記の主人公である真田幸村の奉納した太刀と他の2振りの太刀も重要文化財です^^
主祭神は丹生都比売大神、高野御子大神、大食都比売大神、市杵島比売大神 の4祭神となっています。
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Category 町石道・慈尊院から雨引山分岐