高野山 町石道の解説と風景の神田地蔵堂(こうだじぞうどう)のリンクについて
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神田地蔵堂(こうだじぞうどう)
町石道沿いの神田の里に建っており、雨引山分岐までの登り道を除くと林間の道が多いため、狭いながらも日当たりの良い盆地は古くから休憩地としても利用されたと、紀伊続風土記にも記載されています。本尊は子安地蔵尊ですが、弘法大師(空海)と応其池を築造した応其上人も祀られています。
神田地蔵堂には横笛と滝口入道の悲しい伝説が残っています。
平家全盛の頃、平清盛が西八条殿で花見の宴を催したおりに、平重盛の部下であった滝口入道(この時点では武士で斉藤時頼という)も参加しておりましたが、重盛の妹であった建礼門院に仕えていた横笛の余興の舞を見て一目惚れし、恋文(ラブレター)を書き、横笛もこれを受け入れました。
身分の違いから時頼の父が許さず、時頼はこの時に出家します。
当初は嵯峨の往生院に入り滝口入道となったわけですが、同じ京都ですから横笛は捜し出して逢いに行きます。
修行の妨げになるため滝口入道は高野山に入山しますが、横笛が滝口入道を慕い、待ち続けた場所は神田地蔵堂だったという伝説です。
女人禁制の高野山に入ることはできず、また女人が入ることのできる高野山に最も近い場所が、当時は神田の里であったのでしょう。
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Category 町石道・二ツ鳥居から笠木峠