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<title>高野山 町石道の解説と風景</title>
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<description>世界遺産に登録されている紀伊山地の霊場と参詣道の中で、町石道は交通も最も便利で、外国人にも人気の高野山へ参詣する道として知られています。そんな町石道の歩き方や名所の解説をしています。</description>
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<title>九度山町の伝統行事</title>
<description>九度山町の代表的な伝統行事について説明します^^厳島神社（最寄り駅：南海電鉄高野線高野下駅）◆椎出鬼の舞南海高野線高野下駅近くにある厳島神社では、毎年８月１６日午後５時ごろから鬼の舞が奉納されます。町石道からは少し不便な場所にあり、電車で行くのがおススメです。この神事は夕方の５時頃から約１時間に渡って、五穀豊穣、悪疫払い、雨乞い等を祈願する舞です。舞の順はおよそ下記のとおり・約３０ｍの花道に鬼が２ｍの棒を持って練りこみを行う。・次に十人衆の太鼓、笛、傘鉾が続く。・神社の境内で...</description>
<dc:subject>九度山町の観光名所</dc:subject>
<dc:creator>金剛くん</dc:creator>
<dc:date>2008-12-05T21:40:32+09:00</dc:date>
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九度山町の代表的な伝統行事について説明します＾＾<br /><br /><br />厳島神社（最寄り駅：南海電鉄高野線高野下駅）<br /><br />◆椎出鬼の舞<br />南海高野線高野下駅近くにある厳島神社では、毎年８月１６日午後５時ごろから鬼の舞が奉納されます。<br /><br />町石道からは少し不便な場所にあり、電車で行くのがおススメです。<br /><br />この神事は夕方の５時頃から約１時間に渡って、五穀豊穣、悪疫払い、雨乞い等を祈願する舞です。<br /><br />舞の順はおよそ下記のとおり<br />・約３０ｍの花道に鬼が２ｍの棒を持って練りこみを行う。<br />・次に十人衆の太鼓、笛、傘鉾が続く。<br />・神社の境内では鬼が「三・三・九度の舞」を舞う。<br />・十人衆が傘鉾を壊して鬼を置き去りにする。<br />・鬼は神前に進み、五穀豊穣、悪疫払い、雨乞いの祈願を行う。<br /><br />その後、乱の舞になって子供を威嚇（いかく）したり追い回したり、また、いろいろな動作で見学者を笑わせたりして、多彩な舞が繰り広げられます。<br /><br />この「鬼の舞」は、県の無形民俗文化財に指定されています。<br /><br /><br />古沢厳島神社（最寄駅：南海電鉄高野線上古沢駅）<br />◆傘鉾<br />南海高野線上古沢駅から徒歩５分にある古沢厳島神社では、毎年８月１６日午後２時ごろから約１時間の傘鉾が奉納されます。<br /><br />傘鉾は竹で編んだ直径２ｍ（枝の長さ１．５ｍ）にすっぽりと布をかぶせた大きな傘３本と、２５才から３５才までの若者４０人から結成されています。<br /><br />お渡りは、厳島神社近くの集合所に勢ぞろいした笠木・下古沢地区、上古沢地区、中古沢地区の３地区が傘鉾３本を先頭に太鼓、笛、歌い手の行列をつくり、社前へと厳かに進みます。<br /><br />社前に到着した一行は、口伝の神歌を合唱し、五穀豊穣、家内安全の祈願をして傘鉾の行事を終えます。 <br /><br /><br />◆えびすのお渡り<br />南海高野線上古沢駅から５分ほどの場所にある古沢厳島神社境内において、１０月体育の日、午後２時から「えびすのお渡り」が奉納されます。<br /><br />えびすのお渡りは、厳島神社近くの氏子総代から選ばれた村の長老が紙製の鯛紙をかつぎ、同じく紙製のえびす面紙製と白髪、冠をつけて先頭に立ち、幣持ち、お供え物持ちがそれぞれ１名、笛、太鼓もそれぞれ１名の計４名、合計２２名が２列で進み、社前で円となります。<br /><br />幣、お供え物を神前へ納めた後に、えびす飛びを３回行って、合計で約１時間の神事となります。<br /><br />この「えびすのお渡り」は、紙すきえびす講の名残と言われており、紙すきえびす講は、笠木、上古佐布（上古沢）、中古佐布（中古沢）、下古佐布（下古沢）、椎出、河根、東郷、西郷、西細川、東細川の計１０地区を高野十郷と呼び、まだ九度山町付近に１００軒の紙漉きがいた頃の行事だと思いますが、紙漉き技や紙製品の量を調整するための定めを決めていたと言われています。<br /><br /><br />丹生官省符神社（最寄駅：南海電鉄高野線九度山駅）<br /><br />◆丹生官省符祭<br />１０月の第４日曜日、午前９時３０分から丹生官省符祭開催されます。<br /><br />毎年催物に趣向をこらし見学していただける柔軟なお祭りで、舞の奉納・社中の踊り・大もち投げなど多彩なプログラムがあり、午後３時３０分からは、みこしのお渡りが行われます。<br /><br />神社を出発した行列は、紀ノ川嵯峨浜御旅所へ行き、御旅所の祭典が行われた後、みこしが神社へ戻り祭りは終了します。<a name="more"></a>

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<title>空海の伝承を守る紙遊苑</title>
<description>弘法大師（空海）は２つの仏教の正統な後継者として、唐から新しい仏教を伝えただけでなく、多くの文化・文物を持ち帰りました。「虚しく行きて、満ちて還る」という弘法大師の言葉通り、日本最大の溜池である満濃池の改修には日本最初のアーチ型工法でしたが、日本３筆として知られる弘法大師は書に関するものも多く伝えました。新しい書体や筆の製法、墨の製法などとともに、紙漉きの技術も持ち帰ったとされていて、紙遊苑は弘法大師に教えられたと伝えられる手漉き和紙「高野紙（古沢紙））」の技術を伝承するため...</description>
<dc:subject>九度山町の観光名所</dc:subject>
<dc:creator>金剛くん</dc:creator>
<dc:date>2008-11-24T15:05:09+09:00</dc:date>
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弘法大師（空海）は２つの仏教の正統な後継者として、唐から新しい仏教を伝えただけでなく、多くの文化・文物を持ち帰りました。<br /><br />「虚しく行きて、満ちて還る」という弘法大師の言葉通り、日本最大の溜池である満濃池の改修には日本最初のアーチ型工法でしたが、日本３筆として知られる弘法大師は書に関するものも多く伝えました。<br /><br /><br />新しい書体や筆の製法、墨の製法などとともに、紙漉きの技術も持ち帰ったとされていて、紙遊苑は弘法大師に教えられたと伝えられる手漉き和紙「高野紙（古沢紙））」の技術を伝承するためにできたものだそうです。<br /><br />最も紙漉きが盛んだった頃には、九度山町の古沢を中心に約１００軒の家々が紙漉きを行っていたということですが、最近はこの伝統ある高野紙も僅か一軒が漉いているだけです。<br /><br />このような歴史的背景から九度山町では、先祖の伝えた大師所縁の伝統文化を後世に伝承しようと紙の資料館と体験室を備えた「紙遊苑」を創設したということです。<br /> <br /><br />紙遊苑は、国指定史跡高野山町石内にある勝利寺の建物のうち庫裏・土蔵・長屋門・庭園を譲り受け、そこに茅葺きの体験資料館を建設しており、町石道からも簡単に行けますので時間に余裕のある方は一度お訪ねになればどうでしょう。<br /><br /><br />１２月２８日から１月４日までは休苑日ですが、それ以外は無休な上に入苑無料です。<br /><br />紙漉き体験は予約が必要で有料ですが、はがき３枚１組３００円、高野紙（Ａ３サイズ）が４００円、２０名以上の団体ではそれぞれ５０円引きとなります。<a name="more"></a>

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<title>玉川峡と高野山への道</title>
<description>高野山へ至る道は北から入る場合に、歩いて行く表参道の町石道、車の場合は国道３７０号線から高野山の大門に行くのがメジャーなコースですが、国道３７１号線で東回りに高野山奥の院に至るコースがあります。こちらは道幅が狭いので参道としてはあまり使われていません。ただ、こちらは紀ノ川の支流である丹生川の川沿いの道が続き、ここに景勝・玉川峡があります。こちらはハイキングコースとしても人気ですし、やキャンプ場もあって夏でも比較的涼しいので、宿泊客だけでなくデイキャンプでバーベキューなどを楽し...</description>
<dc:subject>九度山町の観光名所</dc:subject>
<dc:creator>金剛くん</dc:creator>
<dc:date>2008-11-23T09:44:58+09:00</dc:date>
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高野山へ至る道は北から入る場合に、歩いて行く表参道の町石道、車の場合は国道３７０号線から高野山の大門に行くのがメジャーなコースですが、国道３７１号線で東回りに高野山奥の院に至るコースがあります。<br /><br /><br />こちらは道幅が狭いので参道としてはあまり使われていません。<br />ただ、こちらは紀ノ川の支流である丹生川の川沿いの道が続き、ここに景勝・玉川峡があります。<br /><br />こちらはハイキングコースとしても人気ですし、やキャンプ場もあって夏でも比較的涼しいので、宿泊客だけでなくデイキャンプでバーベキューなどを楽しむ姿も見られます。<br /><br />玉川峡の見どころは大きな岩や奇岩からなる豪快な峡谷に流れる清流で、亀石や猿飛石などの奇岩と三ツ滝など連続する滝があります。<br /><br /><br />実際にここを通って高野山まで歩いたことがありますが、途中に河原に降りる道もあり、玉川峡に別れを告げて高野山へ向かう分岐の手前には温泉もあり、非常に過ごしやすいところです。<br /><br />但し、川沿いの道が長いので高野山に向かう山道になると急坂が多く、参道としてはきついかも知れません。<br /><br /><br />キャンプ場は川遊びもできるので、夏場は特におススメできます＾＾<a name="more"></a>

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<dc:date>2008-11-23T09:44:58+09:00</dc:date>
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<title>九度山町の基本データ</title>
<description>九度山町は和歌山県の北東部に位置しており、北側には橋本市、西側にはかつらぎ町、南側は真言宗の総本山がある高野山と接しています。面積は４４．１２平方キロメートル、人口は２００８年９月現在で５１７０人という比較的小さな町です。町の木は柿、町の花はボタンですが、歩いているだけでわかります。世界遺産・町石道の起点でもありますが、車で高野山に向かう場合も九度山町から不動川沿いに南へ向かうことになります。鉄道の場合も南海電鉄の高野線が、同じ不動川沿いに南下しています。九度山の駅近くには、...</description>
<dc:subject>九度山町ってどんなとこ？</dc:subject>
<dc:creator>金剛くん</dc:creator>
<dc:date>2008-10-24T20:30:33+09:00</dc:date>
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九度山町は和歌山県の北東部に位置しており、北側には橋本市、西側にはかつらぎ町、南側は真言宗の総本山がある高野山と接しています。<br /><br /><br />面積は４４．１２平方キロメートル、人口は２００８年９月現在で５１７０人という比較的小さな町です。<br /><br />町の木は柿、町の花はボタンですが、歩いているだけでわかります。<br /><a href="http://tyouishimichi.up.seesaa.net/image/kkudoyama.JPG" target="_blank"><img src="http://tyouishimichi.up.seesaa.net/image/kkudoyama-thumbnail2.JPG" width="200" height="172" border="0" align="" alt="kkudoyama.JPG" /></a><br /><br /><br />世界遺産・町石道の起点でもありますが、車で高野山に向かう場合も九度山町から不動川沿いに南へ向かうことになります。<br /><br />鉄道の場合も南海電鉄の高野線が、同じ不動川沿いに南下しています。<br /><br />九度山の駅近くには、真田昌幸・真田幸村（信繁）親子の所縁の真田庵（善名称院）もあり、世界遺産の町石道と空海の母の居所であり女人高野として親しまれている慈尊院、丹生官省符神社などと並ぶ観光の名所でもあります。<br /><br />祭礼では真田祭や丹生官省符祭などの他、こどもの日近くになると川の上に多くの鯉のぼりを並べる景色は壮観で、紀ノ川のあちこちで同様の光景を見ることができますよ＾＾<br /><br /><br />九度山から東に広がる玉川峡では、夏場にキャンプや川遊びも盛んで、自然が豊かで水の綺麗なアウトドアの町という側面もありますので、目的に応じて訪問して下さい。<br /><a name="more"></a>

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<title>金剛峰寺・大門</title>
<description>金剛峰寺の大門というよりは、高野山全体の入り口として堂々たる建築物といえます。日本屈指といわれる国宝の金峯山寺の山門は、石段の上にありますのでかなり大きく見えますが、高さは２０．３メートルです。大門は２５．８メートルあり、まさに日本最大級の門です。消失・再建を繰り返し、現在の大門は１７０５年に造られたもので、国の重要文化財に指定されています。夜は二基のサーチライトで、ライトアップされますよ^^左右に立つ金剛力士像は運慶の流れを汲む江戸時代の仏師、法橋運長と康意の作によるもので...</description>
<dc:subject>町石道・矢立から根本大塔</dc:subject>
<dc:creator>金剛くん</dc:creator>
<dc:date>2008-01-26T01:21:56+09:00</dc:date>
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金剛峰寺の大門というよりは、高野山全体の入り口として堂々たる建築物といえます。<br /><br />日本屈指といわれる国宝の金峯山寺の山門は、石段の上にありますのでかなり大きく見えますが、高さは２０．３メートルです。<br /><br />大門は２５．８メートルあり、まさに日本最大級の門です。<br /><br /><br /><a href="http://tyouishimichi.up.seesaa.net/image/NEC_0197.JPG" target="_blank"><img src="http://tyouishimichi.up.seesaa.net/image/NEC_0197-thumbnail2.JPG" width="250" height="204" border="0" align="" alt="NEC_0197.JPG" /></a><br /><br />消失・再建を繰り返し、現在の大門は１７０５年に造られたもので、国の重要文化財に指定されています。<br /><br />夜は二基のサーチライトで、ライトアップされますよ＾＾<br /><br /><a href="http://tyouishimichi.up.seesaa.net/image/Image1683.jpg" target="_blank"><img src="http://tyouishimichi.up.seesaa.net/image/Image1683-thumbnail2.jpg" width="150" height="200" border="0" align="" alt="Image1683.jpg" /></a><a href="http://tyouishimichi.up.seesaa.net/image/Image1684.jpg" target="_blank"><img src="http://tyouishimichi.up.seesaa.net/image/Image1684-thumbnail2.jpg" width="150" height="200" border="0" align="" alt="Image1684.jpg" /></a><br /><br />左右に立つ金剛力士像は運慶の流れを汲む江戸時代の仏師、法橋運長と康意の作によるものです。<br /><br /><br /><a name="more"></a>

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<title>押上石</title>
<description>町石道の矢立から約７００メートルにある、弘法大師（空海）ゆかりの伝説が残る石です。高野町の説明では押揚石という字が使われています。この石は女人禁制の結界を超えて高野山に入山しようとしたときに、激しい雷雨が火の雨になったために、親孝行の弘法大師がこの岩を持ち上げて母をかばったというものです。看板にも書かれていますが、手形のようなものが見られるのも不思議ですね^^</description>
<dc:subject>町石道・矢立から根本大塔</dc:subject>
<dc:creator>金剛くん</dc:creator>
<dc:date>2008-01-25T21:47:37+09:00</dc:date>
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町石道の矢立から約７００メートルにある、弘法大師（空海）ゆかりの伝説が残る石です。<br /><br />高野町の説明では押揚石という字が使われています。<br /><br /><a href="http://tyouishimichi.up.seesaa.net/image/Image1651.jpg" target="_blank"><img src="http://tyouishimichi.up.seesaa.net/image/Image1651-thumbnail2.jpg" width="150" height="200" border="0" align="" alt="Image1651.jpg" /></a><br /><br />この石は女人禁制の結界を超えて高野山に入山しようとしたときに、激しい雷雨が火の雨になったために、親孝行の弘法大師がこの岩を持ち上げて母をかばったというものです。<br /><br />看板にも書かれていますが、手形のようなものが見られるのも不思議ですね＾＾<br /><br /><a href="http://tyouishimichi.up.seesaa.net/image/Image1650.jpg" target="_blank"><img src="http://tyouishimichi.up.seesaa.net/image/Image1650-thumbnail2.jpg" width="150" height="200" border="0" align="" alt="Image1650.jpg" /></a><a name="more"></a>

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<title>袈裟掛石（けさかけいし）</title>
<description>町石道の矢立から約５００メートルほど進んだ地点にある、弘法大師（空海）ゆかりの史跡が袈裟掛石（けさかけいし）です。袈裟掛石という名は弘法大師が袈裟を掛けた伝説から名付けられたものですが、この石の形が馬の鞍のゆであるので、鞍掛石（くらかけいし）と呼ばれたり、石と石の間をくぐり抜けると長生きするという言い伝えもありくぐり石とも呼ばれます。この袈裟掛石には別の伝説もあります。弘法大師の母が女人禁制であった高野山に行こうとして袈裟掛石まで来たときに、弘法大師が袈裟を石にかけて説得しま...</description>
<dc:subject>町石道・矢立から根本大塔</dc:subject>
<dc:creator>金剛くん</dc:creator>
<dc:date>2008-01-25T21:06:16+09:00</dc:date>
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町石道の矢立から約５００メートルほど進んだ地点にある、弘法大師（空海）ゆかりの史跡が袈裟掛石（けさかけいし）です。<br /><br /><br /><br /><a href="http://tyouishimichi.up.seesaa.net/image/Image1648.jpg" target="_blank"><img src="http://tyouishimichi.up.seesaa.net/image/Image1648-thumbnail2.jpg" width="150" height="200" border="0" align="" alt="Image1648.jpg" /></a><br /><br />袈裟掛石という名は弘法大師が袈裟を掛けた伝説から名付けられたものですが、この石の形が馬の鞍のゆであるので、鞍掛石（くらかけいし）と呼ばれたり、石と石の間をくぐり抜けると長生きするという言い伝えもありくぐり石とも呼ばれます。<br /><br /><a href="http://tyouishimichi.up.seesaa.net/image/Image1646.jpg" target="_blank"><img src="http://tyouishimichi.up.seesaa.net/image/Image1646-thumbnail2.jpg" width="150" height="200" border="0" align="" alt="Image1646.jpg" /></a><br /><br /><br />この袈裟掛石には別の伝説もあります。<br /><br />弘法大師の母が女人禁制であった高野山に行こうとして袈裟掛石まで来たときに、弘法大師が袈裟を石にかけて説得しましたが、母は聞かずに袈裟掛石を飛び越えようとしたときに、突如雷鳴がとどろき火の雨が降ってきたので、驚いた弘法大師がとっさに岩を持ち上げて母をかくまったというものです。<br /><br />かくまった岩は押上石といわれ、袈裟掛石の先にあります。<br /><br />ただこちらの伝説は、袈裟掛石と押上石が２００メートルは離れているため少し無理があります。<br /><br />とっさにかくまう場合は、その場で袈裟掛石を持ち上げるでしょう。<br /><br />全国にある弘法大師伝説の多くは、高野聖によって作られたものだと言う説もありますが、土地勘のない人が作ったお話のようで、やはり別々のものと考えたほうが自然ですね＾＾<br /><a name="more"></a>

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<title>歴史と史跡のガイドマップ</title>
<description>高野山・町石道の歴史と史跡のサイトマップです。カテゴリーでは町石道を８つのエリアに区切り、エリア毎の町石道の歩き方と名所や史跡の解説をしていますが、歴史と史跡に関する説明を知りたい場合はこちらが便利です。高野山、町石道とは？空海と町石の意外な歴史九度山の由来真田庵（善名称院）慈尊院（じそんいん）丹生官省符（にうかんしょうぶ）神社二ツ鳥居白蛇の岩神田応其池（こうだおうごいけ）神田地蔵堂（こうだじぞうどう）袈裟掛石（けさかけいし）押上石金剛峰寺・大門</description>
<dc:subject>ジャンル別サイトマップ</dc:subject>
<dc:creator>金剛くん</dc:creator>
<dc:date>2008-01-25T16:04:53+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
高野山・町石道の歴史と史跡のサイトマップです。<br />カテゴリーでは町石道を８つのエリアに区切り、エリア毎の町石道の歩き方と名所や史跡の解説をしていますが、歴史と史跡に関する説明を知りたい場合はこちらが便利です。<br /><br /><p><a href="http://tyouishimichi.seesaa.net/article/79934472.html">高野山、町石道とは？</a><br /><br /><p><a href="http://tyouishimichi.seesaa.net/article/80201542.html">空海と町石の意外な歴史</a><br /><br /><p><a href="http://tyouishimichi.seesaa.net/article/80204959.html">九度山の由来</a><br /><br /><p><a href="http://tyouishimichi.seesaa.net/article/80269391.html">真田庵（善名称院）</a><br /><br /><p><a href="http://tyouishimichi.seesaa.net/article/80362103.html">慈尊院（じそんいん）</a><br /><br /><p><a href="http://tyouishimichi.seesaa.net/article/80385141.html">丹生官省符（にうかんしょうぶ）神社</a><br /><br /><p><a href="http://tyouishimichi.seesaa.net/article/80434393.html">二ツ鳥居</a><br /><br /><p><a href="http://tyouishimichi.seesaa.net/article/80548754.html">白蛇の岩</a><br /><br /><p><a href="http://tyouishimichi.seesaa.net/article/80539903.html">神田応其池（こうだおうごいけ）</a><br /><br /><p><a href="http://tyouishimichi.seesaa.net/article/80545401.html">神田地蔵堂（こうだじぞうどう）</a><br /><br /><p><a href="http://tyouishimichi.seesaa.net/article/80596050.html">袈裟掛石（けさかけいし）</a><br /><br /><p><a href="http://tyouishimichi.seesaa.net/article/80601881.html">押上石</a><br /><br /><p><a href="http://tyouishimichi.seesaa.net/article/80630224.html">金剛峰寺・大門</a><br /><a name="more"></a>

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<title>白蛇の岩</title>
<description>白蛇の岩は九度山駅から９．１キロメートル先の応其池の少し手前にあります。白蛇の岩の言い伝えは、丹生都比売神社へ参る僧が、この岩の隙間に入り込もうとしていた蛇を杖でつついて驚かせたたところ、丹生都比売神社からの帰途に、この岩の前で白い大蛇が岩の上の木に巻き付いて待ち構えていたというものです。僧は自分の非を悟り、再度丹生都比売神社へ参り、ご祈祷をして戻って見ると、大蛇はすでに消えていたといいます。蛇は古来より神の使いとされており、吉野山にある脳天大神でも役行者の化身とされています...</description>
<dc:subject>町石道・二ツ鳥居から笠木峠</dc:subject>
<dc:creator>金剛くん</dc:creator>
<dc:date>2008-01-25T15:04:22+09:00</dc:date>
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白蛇の岩は九度山駅から９．１キロメートル先の応其池の少し手前にあります。<br /><br /><a href="http://tyouishimichi.up.seesaa.net/image/Image1616.jpg" target="_blank"><img src="http://tyouishimichi.up.seesaa.net/image/Image1616-thumbnail2.jpg" width="150" height="200" border="0" align="" alt="Image1616.jpg" /></a><br /><br />白蛇の岩の言い伝えは、丹生都比売神社へ参る僧が、この岩の隙間に入り込もうとしていた蛇を杖でつついて驚かせたたところ、丹生都比売神社からの帰途に、この岩の前で白い大蛇が岩の上の木に巻き付いて待ち構えていたというものです。<br /><br />僧は自分の非を悟り、再度丹生都比売神社へ参り、ご祈祷をして戻って見ると、大蛇はすでに消えていたといいます。<br /><br />蛇は古来より神の使いとされており、吉野山にある脳天大神でも役行者の化身とされていますし、地方によっては白蛇は縁起が良いものとされています。<br /><br />ここでも白蛇を見た人は幸せになると云われているそうですから、せめてお祈りしてから高野山を目指して下さい＾＾<br /><a name="more"></a>

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<title>神田地蔵堂（こうだじぞうどう）</title>
<description>町石道沿いの神田の里に建っており、雨引山分岐までの登り道を除くと林間の道が多いため、狭いながらも日当たりの良い盆地は古くから休憩地としても利用されたと、紀伊続風土記にも記載されています。本尊は子安地蔵尊ですが、弘法大師（空海）と応其池を築造した応其上人も祀られています。神田地蔵堂には横笛と滝口入道の悲しい伝説が残っています。平家全盛の頃、平清盛が西八条殿で花見の宴を催したおりに、平重盛の部下であった滝口入道（この時点では武士で斉藤時頼という）も参加しておりましたが、重盛の妹で...</description>
<dc:subject>町石道・二ツ鳥居から笠木峠</dc:subject>
<dc:creator>金剛くん</dc:creator>
<dc:date>2008-01-25T14:43:39+09:00</dc:date>
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町石道沿いの神田の里に建っており、雨引山分岐までの登り道を除くと林間の道が多いため、狭いながらも日当たりの良い盆地は古くから休憩地としても利用されたと、紀伊続風土記にも記載されています。<br /><br />本尊は子安地蔵尊ですが、弘法大師（空海）と応其池を築造した応其上人も祀られています。<br /><br /><a href="http://tyouishimichi.up.seesaa.net/image/Image1622.jpg" target="_blank"><img src="http://tyouishimichi.up.seesaa.net/image/Image1622-thumbnail2.jpg" width="150" height="200" border="0" align="" alt="Image1622.jpg" /></a><br /><br />神田地蔵堂には横笛と滝口入道の悲しい伝説が残っています。<br /><br /><br />平家全盛の頃、平清盛が西八条殿で花見の宴を催したおりに、平重盛の部下であった滝口入道（この時点では武士で斉藤時頼という）も参加しておりましたが、重盛の妹であった建礼門院に仕えていた横笛の余興の舞を見て一目惚れし、恋文（ラブレター）を書き、横笛もこれを受け入れました。<br /><br />身分の違いから時頼の父が許さず、時頼はこの時に出家します。<br /><br />当初は嵯峨の往生院に入り滝口入道となったわけですが、同じ京都ですから横笛は捜し出して逢いに行きます。<br /><br />修行の妨げになるため滝口入道は高野山に入山しますが、横笛が滝口入道を慕い、待ち続けた場所は神田地蔵堂だったという伝説です。<br /><br />女人禁制の高野山に入ることはできず、また女人が入ることのできる高野山に最も近い場所が、当時は神田の里であったのでしょう。<a name="more"></a>

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<title>神田応其池（こうだおうごいけ）</title>
<description>九度山駅から９．２キロメートル地点にある神田応其池（こうだおうごいけ）は木食応其上人（もくじきおうごしょうにん）が神田（こうだ）の里のために築造した溜め池とされていて、名前も応其上人の名前がそのまま池の名前となっています。木食応其上人は一般には木食上人と呼ばれております。これは高野山入山のときに十穀を絶つも木食行を発願したためと考えられます^^また溜池の築造年月については、後年近江の国（現在の滋賀県で、上人の出生地）の飯道寺に隠棲したため、１５７３年の高野山入山から１５８５年...</description>
<dc:subject>町石道・二ツ鳥居から笠木峠</dc:subject>
<dc:creator>金剛くん</dc:creator>
<dc:date>2008-01-25T14:05:00+09:00</dc:date>
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九度山駅から９．２キロメートル地点にある神田応其池（こうだおうごいけ）は木食応其上人（もくじきおうごしょうにん）が神田（こうだ）の里のために築造した溜め池とされていて、名前も応其上人の名前がそのまま池の名前となっています。<br /><br />木食応其上人は一般には木食上人と呼ばれております。<br /><br />これは高野山入山のときに十穀を絶つも木食行を発願したためと考えられます＾＾<br /><br />また溜池の築造年月については、後年近江の国（現在の滋賀県で、上人の出生地）の飯道寺に隠棲したため、１５７３年の高野山入山から１５８５年前後の橋本開基の時期ではないかと考えます。<br /><br />神田というのは文字通り神様の田で、現在は地名になっていますが、古くから丹生都比売（にうつひめ）神社の御供田であったということです。<br /><br /><a href="http://tyouishimichi.up.seesaa.net/image/Image1626.jpg" target="_blank"><img src="http://tyouishimichi.up.seesaa.net/image/Image1626-thumbnail2.jpg" width="150" height="200" border="0" align="" alt="Image1626.jpg" /></a><a href="http://tyouishimichi.up.seesaa.net/image/Image1626.jpg" target="_blank"><img src="http://tyouishimichi.up.seesaa.net/image/Image1626-thumbnail2.jpg" width="150" height="200" border="0" align="" alt="Image1626.jpg" /></a><br />(後ろが神田の現在の姿）<br /><br /><br />なお、木食応其上人は高野山でも重要な役割を担った人で、豊臣秀吉の高野攻めを止めただけでなく、逆に秀吉の信任を得て寄進を受け、現在の金剛峰寺の前進である青厳寺・興山寺を創建しました。<a name="more"></a>

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<title>二ツ鳥居</title>
<description>二ツ鳥居は九度山駅から８．３キロメートルの地点にあります。町石では１２０町の位置ですから、慈尊院から高野山・根本大塔までの３分の１にあたる位置ですね^^この二つ並んだ珍しい鳥居は、西暦８１９年（弘仁１０年）５月３日に、高野山に丹生明神（丹生都比売大神）と高野明神（高野御子大神）を高野山に勧請したときに弘法大師により建立されたということです。（紀伊続風土記に記載）鳥居が二つ並ぶ意味についての説明は資料や説明の看板等に記載されていませんが、この両神をそれぞれに遥拝するためのもので...</description>
<dc:subject>町石道の概要</dc:subject>
<dc:creator>金剛くん</dc:creator>
<dc:date>2008-01-24T22:17:59+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
二ツ鳥居は九度山駅から８．３キロメートルの地点にあります。<br /><br />町石では１２０町の位置ですから、慈尊院から高野山・根本大塔までの３分の１にあたる位置ですね＾＾<br /><br /><a href="http://tyouishimichi.up.seesaa.net/image/Image1613.jpg" target="_blank"><img src="http://tyouishimichi.up.seesaa.net/image/Image1613-thumbnail2.jpg" width="150" height="200" border="0" align="" alt="Image1613.jpg" /></a><br /><br />この二つ並んだ珍しい鳥居は、西暦８１９年（弘仁１０年）５月３日に、高野山に丹生明神（丹生都比売大神）と高野明神（高野御子大神）を高野山に勧請したときに弘法大師により建立されたということです。（紀伊続風土記に記載）<br /><br />鳥居が二つ並ぶ意味についての説明は資料や説明の看板等に記載されていませんが、この両神をそれぞれに遥拝するためのものであると考えております。<br /><br /><br />建立当初は木製であったのですが、石造りのものは西暦１６４９年（慶安２年）５月に、補陀洛院叟遍(ふだらいんそうへん)の私財で建立したものです。<br /><br />高さは１丈７尺（約５．６ｍ）、幅は２間（約４．７ｍ）のものが２つあります。<br /><br /><a href="http://tyouishimichi.up.seesaa.net/image/Image1610.jpg" target="_blank"><img src="http://tyouishimichi.up.seesaa.net/image/Image1610-thumbnail2.jpg" width="150" height="200" border="0" align="" alt="Image1610.jpg" /></a><br /><br />写真は二ツ鳥居の横にある展望台からのものですが、丹生都比売神社が遥拝できる場所とされていて、見えているのは丹生都比売神社がある天野の里です。<br /><br /><br />昔の高野山への参詣者はここから丹生都比売神社にも参詣して、高野山へと向かったそうですが、現在の町石道は手前にある六本杉から参詣することができますよ＾＾<a name="more"></a>

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<title>丹生官省符（にうかんしょうぶ）神社</title>
<description>慈尊院の裏手にあり、慈尊院の奥にある石段を登ったところにあります。町石道としての正式な順路としては、慈尊院と丹生官省符（にうかんしょうぶ）神社を結ぶ石段のところから町石が始まりますのでこちらが正式ですが、道路には順路の案内として慈尊院の向かって右側にもあります。丹生官省符神社は西暦８１６年（弘仁７年）に弘法大師（空海）により創建されました。一般には慈尊院を建てるときに鎮守として説明されていますが、官省符荘というのは、荘園で田租を太政官と民部省から免除された田のことを言いますの...</description>
<dc:subject>町石道・慈尊院から雨引山分岐</dc:subject>
<dc:creator>金剛くん</dc:creator>
<dc:date>2008-01-24T15:32:22+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
慈尊院の裏手にあり、慈尊院の奥にある石段を登ったところにあります。<br /><br /><a href="http://tyouishimichi.up.seesaa.net/image/Image1560.jpg" target="_blank"><img src="http://tyouishimichi.up.seesaa.net/image/Image1560-thumbnail2.jpg" width="150" height="200" border="0" align="" alt="Image1560.jpg" /></a><a href="http://tyouishimichi.up.seesaa.net/image/Image1562.jpg" target="_blank"><img src="http://tyouishimichi.up.seesaa.net/image/Image1562-thumbnail2.jpg" width="150" height="200" border="0" align="" alt="Image1562.jpg" /></a><br /><br />町石道としての正式な順路としては、慈尊院と丹生官省符（にうかんしょうぶ）神社を結ぶ石段のところから町石が始まりますのでこちらが正式ですが、道路には順路の案内として慈尊院の向かって右側にもあります。<br /><br /><a href="http://tyouishimichi.up.seesaa.net/image/Image1566.jpg" target="_blank"><img src="http://tyouishimichi.up.seesaa.net/image/Image1566-thumbnail2.jpg" width="150" height="200" border="0" align="" alt="Image1566.jpg" /></a><br /><br />丹生官省符神社は西暦８１６年（弘仁７年）に弘法大師（空海）により創建されました。<br /><br />一般には慈尊院を建てるときに鎮守として説明されていますが、官省符荘というのは、荘園で田租を太政官と民部省から免除された田のことを言いますので、耕地のない高野山ではなく、九度山の辺りに田を所有していて、その鎮守という存在でもあったのです。<br /><br />特に当時の大きなお寺というのはほとんどが官寺であったのですが、高野山は弘法大師が一般民衆からの寄進により建てられましたので、こういう官省部荘がないと建設や維持が出来難いという重要な意味があったのですね＾＾<br /><br /><br />春日造りの社殿は国の重要文化財で、西暦１５４１年（天文１０年）につくられたものが現存していると言われています。<br /><br /><br />九度山に流刑となった真田昌幸・幸村（信繁）親子のうち、講談や小説で有名な真田太平記の主人公である真田幸村の奉納した太刀と他の２振りの太刀も重要文化財です＾＾<br /><br />主祭神は丹生都比売大神、高野御子大神、大食都比売大神、市杵島比売大神 の４祭神となっています。<a name="more"></a>

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<title>慈尊院（じそんいん）</title>
<description>ユネスコの世界遺産としても登録されている慈尊院（じそんいん）は、九度山駅を出て１．５キロメートル地点にある高野山・真言宗のお寺です。慈尊院という名前より、女人高野として安産や育児などを願うところとして有名ですね^^西暦８１６年（弘仁７年）に弘法大師（空海）により開基されたお寺で、高野山の表参道の入り口にあたる場所に、高野山の庶務を司る政所として、また冬期の修行の場として建てられました。慈尊院は後年、弘法大師の母が住みましたが、当時は高野山の七里四方が女人禁制であったためです。...</description>
<dc:subject>町石道・真田庵から慈尊院</dc:subject>
<dc:creator>金剛くん</dc:creator>
<dc:date>2008-01-24T12:32:22+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
ユネスコの世界遺産としても登録されている慈尊院（じそんいん）は、九度山駅を出て１．５キロメートル地点にある高野山・真言宗のお寺です。<br /><br />慈尊院という名前より、女人高野として安産や育児などを願うところとして有名ですね＾＾<br /><br />西暦８１６年（弘仁７年）に弘法大師（空海）により開基されたお寺で、高野山の表参道の入り口にあたる場所に、高野山の庶務を司る政所として、また冬期の修行の場として建てられました。<br /><br /><a href="http://tyouishimichi.up.seesaa.net/image/Image1558.jpg" target="_blank"><img src="http://tyouishimichi.up.seesaa.net/image/Image1558-thumbnail2.jpg" width="150" height="200" border="0" align="" alt="Image1558.jpg" /></a><br /><br />慈尊院は後年、弘法大師の母が住みましたが、当時は高野山の七里四方が女人禁制であったためです。<br /><br /><br />弘法大師が母を気遣い、しばしばこの地を訪れ、その回数が月に９回であったので九度山という地名になったということです。<br /><br /><br />もちろん回数を数えたのではありません＾＾<br /><br />当時は数が多いことを表す数字が九であり、例えば何度も曲がりくねった道は九十九折と呼ばれていますね。<br /><br />本尊は国宝の木造弥勒仏坐像ですが、弘法大師の母もこれを熱心に信仰していたそうです。<br /><br />慈尊院の名前の由来は８３５年（承和２年）に弘法大師の母が亡くなったときに弥勒菩薩の霊夢を見て、新しい廟堂を建てて自作の弥勒菩薩を母と一緒に祀ったことから、弥勒菩薩の別称である「慈尊」の名で呼ばれるようになったそうです。<br /><br />町石のスタート地点は慈尊院と、慈尊院の建立時の鎮守として後ろに建てられた丹生官省符神社の間にある長い石段の途中にあります。<a name="more"></a>

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<title>真田庵（善名称院）</title>
<description>真田庵と呼ばれていますがこれは別称で、正式名称は善名称院という高野山真言宗のお寺です。真田昌幸・幸村（信繁）親子が関が原の戦いで西軍に味方しましたが、西軍が敗れたために流刑となりました。当初の流刑地は高野山だったのですが、真田幸村が妻を連れていたために女人禁制の高野山ではなく、九度山となったわけです。真田昌幸は徳川家とは仲が悪く、１５８５年の真田昌幸の居城で徳川軍約７千人を２千人の兵力で迎え撃って１３百人もの死傷者が徳川方に出る大勝となった上田合戦という戦いもありました。関が...</description>
<dc:subject>町石道・九度山から真田庵</dc:subject>
<dc:creator>金剛くん</dc:creator>
<dc:date>2008-01-23T20:50:42+09:00</dc:date>
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真田庵と呼ばれていますがこれは別称で、正式名称は善名称院という高野山真言宗のお寺です。<br /><br /><a href="http://tyouishimichi.up.seesaa.net/image/Image1539.jpg" target="_blank"><img src="http://tyouishimichi.up.seesaa.net/image/Image1539-thumbnail2.jpg" width="135" height="180" border="0" align="" alt="Image1539.jpg" /></a><br /><br />真田昌幸・幸村（信繁）親子が関が原の戦いで西軍に味方しましたが、西軍が敗れたために流刑となりました。<br /><br />当初の流刑地は高野山だったのですが、真田幸村が妻を連れていたために女人禁制の高野山ではなく、九度山となったわけです。<br /><br /><br />真田昌幸は徳川家とは仲が悪く、１５８５年の真田昌幸の居城で徳川軍約７千人を２千人の兵力で迎え撃って１３百人もの死傷者が徳川方に出る大勝となった上田合戦という戦いもありました。<br /><br />関が原の戦いでは同じく居城の上田城で、東軍先鋒にあたる徳川秀頼の３万８千人を、わずか２千人の兵力で迎え撃ち、敗れることなく中仙道を美濃へ向かう軍を足止めしましています。<br /><br />いずれも実数の詳細は不明ですが、少数の戦いにも長けていた父・昌幸との経験が幸村を育てたのでしょう。<br /><br />徳川秀頼が関が原の戦いの途上で行なわれた合戦は、勝敗は決していませんが、関が原の戦いの先鋒軍が実際の合戦に間に合わなかったことと、兵力差が話のとおり１９倍という差であれば完勝とも言えますね＾＾<br /><br />上田軍記によれば上田領の没収と死罪だったのですが、真田家長男の信行が東軍に属していたため、流罪で済んだということです。<br /><br /><br />真田庵では国許からの援助だけでなく、兜の紐などに使用された真田紐を作製・販売して家計の足しにしたことが知られていますが、司馬遼太郎氏が著作の中で書いているように、部下が真田紐を売りながら地方の情報収集にあたっていたというのが、戦国武将の中でも最高級の評価を受ける真田家の生き様ではないでしょうか。<br /><br /><a href="http://tyouishimichi.up.seesaa.net/image/Image1691.jpg" target="_blank"><img src="http://tyouishimichi.up.seesaa.net/image/Image1691-thumbnail2.jpg" width="135" height="180" border="0" align="" alt="Image1691.jpg" /></a><br />(信州で売られている真田紐）<br /><br /><br />なお、真田太平記等で有名になった真田幸村ですが、在世当時の名は信繁であり、幸村という名は後世の講談等で語られたときに使われてらしいのですが、松代藩の史書にも後年には幸村と表現されています。<br /><br />教科書では現在でも、信繁で統一されているはずですよ＾＾<br /><br /><br />真田庵には境内に「真田地主大権現」や、幸村が真田屋敷に落ちた雷を井戸に封じたという伝説がある「雷封じの井」、父・昌幸のお墓などもありますが、真田昌幸・幸村親子の関連する武具や書などが展示された真田宝物資料館があります。<br /><br />入場料は２００円で、午前８時から午後５時までが開館時間となっていますので、早朝に通過する場合は見学できませんよ＾＾<a name="more"></a>

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